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ナゴヤドームの主なエピソード

ナゴヤドーム座席表


三菱重工業名古屋工場の跡地に建てられた。
フェンスと観客席の間にラバーフェンスによる空間がある。この空間はラッキーゾーン扱いで、ぎりぎりでフェンスを越えた打球がホームランであることを判定し易くするために設けられている。その空間は掃除をしていないせいか、埃がたまっていてスタンドから覗くと真っ白になっている。なお、この空間のラバーが2006年のオープン戦期間中に従来の水色のものから、紺色のものに張り替えられた。理由としては2005年5月14日の中日対ソフトバンク戦の7回裏、福留孝介の当たりがフェンスかラバーに直撃。当初三塁打と判定されたが、協議の結果、本塁打に変更された。その後、王監督が抗議したものの、認められず、試合は中日の高橋光信が同点タイムリーを放ち、9回裏に井端弘和のサヨナラヒットが出て中日が勝利。その影響もあったものと見られる。
1998年5月12日のオリックス・ブルーウェーブ対千葉ロッテマリーンズ戦で、ロッテの攻撃中にフリオ・フランコがスイングしたバットが客席に飛び込み、観客の顔面に直撃して怪我を負わせるという事故が起きた。その前の年にも中日・アロンゾ・パウエルの折れたバットが客席に飛び込んだことがあった。
2000年9月12日の集中豪雨でグラウンドや選手・関係者向けの地下駐車場が冠水し、中日対広島戦の開催が中止になったこともある。
ドーム屋根中央部はガラス張りで、自然光を取り入れられる構造となっている。ロール式の遮光幕も設置されているため、必要に応じて遮光幕の開閉が可能である。
中日の本拠地であるにもかかわらず、97年に開場以来、日本シリーズでの中日の先発投手は未だに勝ち星がなく、チーム成績も1勝6敗である。
阪神タイガースがこの球場を特に苦手にしており、開場から2006年7月現在まで114試合32勝81敗1分、勝率.283と大きく負け越している。
ナゴヤドームのイメージソング「Here for you」を、ZIP-FMなどで活躍するDJ、ジェイムス・ヘイブンスが歌っていた。
野球で主に使われるが、サイズ上はサッカーやアメフトの公式戦も開催可能である。フィールドには、左右に三日月形をした客席(3,340席×2)とバックネット裏客席(850席)を設けており、この部分を最大120度まで回転させて、野球型(扇形)からサッカー・アメフト型(縦型長方形)や展示会型(横型長方形)の3つのスタイルに変えることができる。真円のグラウンド面には3本のレールが同心円状に配置され、この上を鋼製車輪を持つ可動客席が動いて所定の位置でロックされる。サッカーやアメフトで使用する場合でも、貴賓席や報道席が会場の正面になるよう移動する。
しかし日本サッカー協会では人工芝での公式戦開催を原則認めていない(但し地域規模の大会のレベルでは使用可能)ため公式戦が行われたことはなく、今後においても同県豊田市にほぼ同等の収容人数を持つ開閉式屋根付き球技場の豊田スタジアムが完成したこともありサッカーの試合が開催されることはなさそうである。なお名古屋市中心部に近いため名古屋グランパスエイトのファン感謝祭に使用されたこともある。
中日の本拠地だが、過去には大阪近鉄バファローズ・オリックスブルーウェーブ・西武ライオンズも主催試合を行ったことがある。
2005年、外野席、5階席上段8列に存在した自由席が廃止され、(5階席は(2003年以降自由席になっている)全席指定席となった。
開場当初は、中日主催試合では内野2階席は全席シーズンシート(年間予約席)となっており、最もシーズンシートの割合の高い球場だった。しかし2003年以降は一般販売への開放が三塁側を中心に増えている。ただ右翼外野席の半分以上が未だにシーズンシートであり(左翼も若干数ある)、それに対する反発も少なくない(反発される理由などは後述)。さらに右中間の一番盛り上がる席は、中日ドラゴンズ私設応援団がかなり占拠していると言われている。このことから、ドラゴンズ外野応援席は300席しか売られてないと2005年に言われていたが、2006年以降、徐々に改善が進んでいる。
内野のシーズンシートには、宝石の名前がつけられている。バックネット裏からスーパーダイヤモンド(ネット裏下段)、ダイヤモンド(ネット裏上段)、ルビー、サファイア、エメラルド、オパールの順。ネット裏以外の席では一般席とシーズンシートが混在している。なお2002年までの5階席も指定席で、2001年までにはその席にも宝石の名前がつけられていた。
構造的欠陥、席の配置や料金設定、外野5階席の観戦しにくさ、右翼外野席のシーズンシートの多さ、それによる(と思われる)右翼外野席で立ち応援が出来ないこと(もしくは立ち応援されて困ると言ったトラブルもある)、ナゴヤ球場時代より盛り上がらないこと、交通アクセスの悪さ(特に名城線ナゴヤドーム前矢田駅が出来るまでは、最寄の駅は徒歩30分も掛かると言われる大曽根駅だった)など、一部ファンからは評判が良くない。特に料金問題などの座席についての問題は、全席指定化される2004年以前からも、インターネット上の掲示板などでしばし議論の対象となっている。また鳴り物応援派の中には、ナゴヤドームの応援がつまらないと言う人がいて、中には「ナゴヤ球場時代がよく盛り上がった」「ナゴヤ球場の方がよかった」などと嘆くファン、愛知県在住でもあまりナゴヤドームに行かず、ビジターや地方球場でよく観戦しているファンも存在する。
一方、オープンな雰囲気であり、ナゴヤ球場時代のような私設応援団による応援強制行為が見られなくなった(それでも立ち応援の強制があったと一部で言われている)、深い青のフェンスが目に優しい、球場が広くて落合監督が掲げる「投手を中心とした守りの野球」に適している(「投げやすい」と、実際にナゴヤドームを気に入っている投手はかなり多い)、日本は雨が多いからドーム球場が便利である(特に12球団でも投手陣が強力なことで有名な中日では、スライド登板が減って調整のしやすさにもつながる)などの肯定的評価も見られる。
球場のキャラクター、ドムラ(ゴリラをイメージしたキャラクター)が球団マスコットとは別に存在する。
球場名「ナゴヤドーム」がカタカナであるのは、前本拠地「ナゴヤ球場」の表記を引き継いだため。なお「ナゴヤ球場」がカタカナ表記だったのは「『ナゴヤ』の画数が八画であり、名古屋の市章にちなんだ」との俗説もあるが、古い話のため、ナゴヤドーム広報でも真偽は不明らしい。
新聞で表記される場合、「ナゴド」と略されることが多い(「ナゴヤ球場」は「ナゴヤ」と表記されていたため)。またベースボール・マガジン社から刊行される雑誌では、「ナゴヤド」「ナゴヤD」「ナ・ド」の表記も見られる。
2005年、全国高等学校野球選手権大会愛知大会の準決勝・決勝戦が開催された。地方大会決勝戦(代表決定戦)がドームで開かれるのは史上初のことだった(大阪大会では、大阪ドームにて開会式と、その直後の数試合を行っている)。2006年も決勝戦が実施された。
当初最寄駅の名前は「ナゴヤドーム矢田駅」の予定であったが「ナゴヤドームヤダ(嫌だ)」の響きが好ましくないので「ナゴヤドーム前矢田駅」になったといわれている。しかし一部のファンからはあまり駅からドームまで近くないと言うことから「ナゴヤドーム手前矢田」と揶揄されることもある。
2004年度より、中京地区の読売ジャイアンツ応援団が出入り禁止(暴力団との係わりが原因であって、決して親会社の対立ではない)になり、ジャイアンツ側はトランペット・笛・太鼓による応援ができず、有志が手拍子とメガホンのみで応援をまとめている。
ペットボトル、飲食物の持込は禁止されている。もし持込していた場合、内容物をドームで用意した紙コップをうつしてもらうことになっている。ただ、鞄の奥に潜ませて持ち込むファンも少なくない。これは、警備員が鞄の中身まで、あるいは奥深くまで検査しないのが原因であろう。
現在、3階内野のコンコースのみにしかパイプ状のものが存在していないが、2005年以前にも、外野にはパイプ状の席があった。これを特に中日ファンの間で「パイプ席」呼んだ。右翼側左翼側両方にあった席で、正式な席ではなかったが、外野自由席(当時)はとにかく、他の席からでも、ここで観ることが慣例化していた。ここに座る理由は盛り上がっている2階外野席で応援するという目的がほとんどで、ナゴヤドームで一番盛り上がると言っても過言ではない席だった。左翼側でも、ここを応援に使うファンが多くいた。右翼側で良く盛り上がっていたと言われる有名な例をあげると、ツインバットやメガホンを壁に叩きつけて破壊するという、いわば行事的なことがあった(メガホン・ツインバット破壊はナゴヤ球場時代からあったとされる)。しかし、2005年から全席指定化したこともあり、事実上ここでの応援は禁止されていたが、結局復活。ただし壁にメガホン・ツインバットを叩きつける応援は事実上禁止されていた。そしてドラゴンズ外野応援の最上段席で観戦している客から(特にシーズンシートの客)苦情が出て、その他の問題もあり2006年にパイプ席は撤去され、それ以降3階外野コンコースでの応援は禁止された。

         

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